| Story |
| 終わりの見えない暗い鉛色の空に、大粒の雨がこの地に降りそそぐ。夏が終わり、秋へと変わっていくこの時期、ひと雨ごとに秋の冷涼な空気に入れ替わっていく。 そんな降りしきる雨の暗さ、静寂さを断ち切るような声が響く。 「セ〜〜ト〜〜お………早く起きな〜〜さい〜〜!」 上にかけてあった薄い掛け布団を引っ張られるとそれにしがみついていたために、そのままベッドから床へと落ちた。小さな衝突音が起こった。 「う゛………」 低いうめき声を上げつつも、まだ目は閉じたままだった。呼吸も落ち着いている。それでも、秋の冷たい空気が次第に体温を奪っていくのにはやりきれなかった。 「……起きなさいって言ってるでしょ!」 「に゛ゅ………」 甲高い声が再び響いた。それに、少しだけ耳がピクン、と反応した。よく見れば、その耳は頭の横……本来ある場所になかった。それは少し上にあって、黒くて、三角形で、まるで犬のようにフサフサとしていた。そして、視点を少しずらすと、まるで蛇のように長く、黒い尻尾も掛け布団の上にちょこんと顔を覗かせていた。 「早くしないと置いていっちゃうよ?」 それでも反応がなかったために、その異形の少年の前に立っていた一人の少女は深いため息をひとつつくと、この少年の部屋から出て行った。静かな音を立ててドアが閉まった。 こんなジメジメとした寒い雨の日には、せめてもう少し温かなぬくもりと夢を感じたいものだ。 どうせいつもと同じ朝だと……そう思っていた。すぐにまたここに来てくれる、と。 「……レイラ?」 数十分して、ハッと起きると、辺りを見回した。辺りには誰もいなかった。この胸の中に次第に焦りが芽生え始め、やがては不安となり、この精神【からだ】を支配していった。 「……レイラッ……!!」 何故かは分からない。この間もそうだった。独りにされると途端に不安が襲ってくるのだ。独りで生きていくことなど出来ない。それだけ『独り』が怖いのだ。 彼には過去の記憶がなかった。覚えているのはレイラという、今年18歳になる少女と出会ってからの二年間だけだ。彼女はもともとはこの村の生まれではなく、ここから南東へ少し離れた王都の騎士であり、地方(つまり、領土内)への護衛のために、派遣された兵士であった。確か二年程前の、今日と同じような夏から秋になり、急に気温が下がった日に、彼はレイラという少女に拾われたのだ。同じように、肌をさすような冷たさと温かみのない冷酷な雨が降り続いていた。おまけに、その時は夜だった。今でさえも、おぼろげな記憶でその日のことを辿っても、何故かは分からないが、ぶるっと身震いがして鳥肌が立つほどだ。発見されたときは、酷い怪我を負っていた上に、熱で震えていて、ほぼ瀕死の状態だったという。しかし―――それでも、それよりも前の記憶は二年経った今でも思い出せないでいた。唯一の手がかりは首にかけていたペンダントと、その裏に彫られた『E.S』のイニシャルと思われる文字のみ。この文字から、彼女からは『セト・エヌヴェリクス』という名前で呼ばれている。『エヌヴェリクス』とはこの国では『異国からの使者』という意味らしいが、名前についてはよく分からない。 バタン。 閉ざされた部屋のドアをまるで、闇から逃避するかのように強く開けた。息はぜえぜえときらし、体中、冷や汗が吹き出していた。 それでも目の前には誰もいなかった。聞こえるのは雨音だけで、辺りには静寂に包まれていた。 「……………」 何も考えられなかった。全てが真っ白になったかのように。ただ、その中で後悔というものが一握り、頭の中に残っていた。 突然、後ろに誰かの気配がしたかと思ったら、両手で目隠しをされた。途端に緊張感が全身に走る。 「ほら、早く起きないと行っちゃうよ」 ゆっくりとそれをほどくと、後ろにはレイラの姿があった。短髪の金髪がわずかな朝の光によって少しだけ輝いており、雨に打たれたのか、髪はもちろん、来ていた服も濡れていた。 今まで全身を支配していた緊張感は涙を伴って溶けていった。 「ごめんね、あなたは独りが怖いこと忘れてたね……」 レイラは泣きじゃくっているセトの髪を両手でゆっくりと、優しく撫でた。少しだけ彼の頭の横にあった耳が動いて、ゆっくりと垂れた。 辺りには甘い玉葱の匂いと、濃厚なチーズの匂い、そして香ばしい匂いが漂っていた。そして、まもなく、テーブルの上には白い湯気を立てた熱々のホワイトシチューが運ばれてきた。既に、その横には香ばしく焼きあがったパンも準備されていた。 「いただきま〜す!」 さっそく、スプーンでそれをすくい、口に運んだ。彼の一番好きな料理だ。 しばらくセトは食べていたが、ふと何かに気づいたようにスプーンを持つ手を止めた。 「……仕事、いかなくていいの?護衛の……」 「気にしなくていいよ。雨が降っているからまだ、村の人も外には出てないと思うから」 「そうなんだ……」 「そういえば、今日の朝、最初に部屋に行ったとき、少しうなされていたみたいだけど、また怖い夢でも見たの?……記憶とか」 「ううん、よく覚えてないんだ。多分記憶とも関係ないと思うんだ」 「そうか……早く戻るといいね、自分の記憶が」 「うん」 セトの声はいつの間にか、いつもと同じ明るい口調に戻っていた。 「行くよ。準備できた?」 セトはリュックらしきものを背負って出てくると、一緒に家を後にした。彼女の仕事中は、村の長老の家で勉強を教えて貰っているのだ。その家には彼と同じくらいの女の子もいると言う。一時期、セトがその女の子を好きというのもちらほらと村の噂で聞くことはあったが、本当のことは分からなかった。 すでに雨は上がり、空は少しずつ蒼さを取り戻していた。あたたかな日差しが、濡れた水溜りに反射してまぶしかった。 いつまでもこんな日々が続けばいいのに……とも思うが、レイラの任期もあとほんのわずかしか残っていなかった。セトは出会ったころよりも、明るくなり、活発的になった。でも、今もまだ孤独を怖がっている。 嬉しさの中で、そんな不安を残しつつ、確実にその時は近づいていた。 |
| 作者様あとがき |
| こんなに遅れたのに、何か中途半端になってしまいましたι 因みに、今回は内容というよりも、ストーリーだけで押し進めていきました(ぉ 実はこの小説、次に執筆予定(今は人物設定中)の長編小説の元となったものです。この主人公の過去と言った謎な部分もいずれは明らかになると思います。 ……もう少し話練ればよかったかな(−−; |
| 六夢コメント |
| 籠原勇人様のサイトにて、14000を運良く頂いた際に、キリリクさせてもらいました。 「獣人+ほのぼの」のリクエストをさせてもらって、こんなに素敵な小説を頂きました! 色んな事が気になって仕方のないこのSS、あとがきを見るとなんと長編に! という事なので、長編の方も是非見させていただきたいと思いました♪ 勇人さん、本当にありがとうございましたm(_ _)m |